【ACL】ギラギラ度で上回った価値ある勝利 ~FCソウル戦レビュー~

0.まえがき

将棋の世界に、「形作り」という言葉があります。

敗戦を覚悟した者が相手の玉に迫る手を指し、一手違いの局面を作ることを言います。

プロの公式戦や、アマの大規模な大会では、対局の棋譜が残ります。

例え敗戦を認めるにしても、多くの棋士は、あわや差し違えるというところまで相手を追い詰めた状態で投了(*1)しようとします。

それによって、残す棋譜を綺麗なものにする訳です。

これは、棋士の意地であり、美学と言い換えることもできます。

もちろん、相手もそれを分かっていて、敢えてそれを許し、自ら勝ち切ることで「形作り」の協力者になります。

しかし、勝勢だった棋士が間違えて、本当に逆転されてしまうことがたまにあるらしいのです(笑)。

勝負とは、面白いものですよね。

(*1)不利な方が負けを認め、本来の対戦終了となる条件が成立するよりも前にゲームを終えること(ウィキペディアより)。主にボードゲームで用いられる言葉らしいです。

1.「次」のない戦い

2016年5月4日、水曜日。

大型連休の最中である「みどりの日」に行われた、FCソウルとのACL1次リーグ最終戦は、エディオンスタジアムに13328名の観客を集めました。

早い段階で前売りが完売となっていたこの試合。

ノックアウトステージに向けた決戦への期待感と、高萩洋次郎の立ち姿を確かめたいというファン・サポーターの思いが、多く込められていたはずです。

それだけに、前節で1次リーグでの敗退が決まってしまったことは、やはり残念なことでした。

それに、FCソウルが主力組を温存したため、洋次郎の帰国も無くなってしまいました…

これには、当てが外れたファンサポも多かったでしょうね。

でも、この試合を応援しよう、見届けようという、広島ファンサポの盛り上がりは、監督以下、戦いに挑む若い選手たちに力を与えていたようでした。

2.「次」を見据えた戦い

中3日で鳥栖戦を控えている、ということもあってか、この日のメンバーは、すっかり若手中心に様変わりしていました。

磐田戦で顕著だった、いわゆる主力メンバーの蓄積疲労が、考慮されたのは間違いないところですが、こういう「主力を休ませる試合」にしてしまったことは、返す返すも残念です。

とは申せ、このメンバーでどこまでやれるのか、というのも、これはこれで楽しみでした。

相手もセカンドチームになっていましたが、アドリアーノがスタメン出場している、となれば、広島の選手たちにとってはやはり試金石。

内容に注目しようと思いました。

3.このメンバーで挑む

ここで、私のレビューでは実は初めて、となる、メンバー全員の掲載、をします。

ちょっと、記録に残しておきたいと思ったので。

スタメン:増田卓也吉野恭平キム・ボムヨン、大谷尚輝、清水航平丸谷拓也、森島司、高橋壮也、浅野拓磨皆川佑介宮吉拓実

ベンチ :廣永遼太郎塩谷司千葉和彦、長沼洋一、青山敏弘、森﨑浩司、佐藤寿人

注目点は数あれど、特に、この日が復帰戦となる浅野と、ルーキー森島の「共演」は、ちょっと嬉しかった。

アナウンサーが言う前に気付けたし(笑)。

(スタンドには、四日市中央工の選手たちも観に来ていましたね。)

4.浸透していた広島イズム

最初に私が注目したのは、この日のメンバーが広島のスタイルを表現できているかどうか、でした。

そして、前半の立ち上がり、15分ぐらいまでを観て、その点については問題なくできているな、と感じました。

もちろん、トップチームで同じ練習をこなし、スタイルの訓練をしているのだから、出来て当たり前のことではあります。

しかしそれは、実戦で表現出来て初めて評価の対象になるもの。

その観点で見たとき、メンバーが変わっても広島らしいサッカーをやれている、と判断できる内容だと思いました。

まあ、15分頃のディフェンスでのつなぎは正直、危なっかしい感じも受けたのですが(微笑)、それでもきっちりつないで、相手のゾーンをかいくぐりましたからね。

これも「らしさ」でしたね。

5.優勢を活かした先制点

さて、開始早々に右サイドを破られ、あわや失点、というピンチに陥ったものの、試合全体では、広島の方が優位に進めていたと思います。

特に15分以降は、ハッキリと広島優勢と言える状態でした。

攻撃時のDFラインの高さに、それが表れていました。

ある時など、ハーフウェイを越えてましたからね。

その間、皆川や浅野に惜しいシュートが生まれるなど、前節(山東戦)とは異なり、ゴールの匂いがする試合展開でした。

そして、前半27分。

ファールを受けた航平が自らFKを配球、ニアに飛び込んだ浅野が右足で合わせ、待望の先制点を生み出しました。

相手GKも反応していましたが及ばず。

ボールは、リプレイを見るまでもなく、ゴールラインを完全に越えていました。

Jリーグの公式には「カンフーキック」と書いてありますが、文字通りの技ありシュートでした。

また、この日、航平のキックの精度が半端なかったのですが、この場面でも素晴らしいキックを見せてくれました。

6.相手のギアを押さえつける

失点したFCソウルが、反撃のギアを上げてくることは予想できました。

案の定、かさにかかって攻める姿勢を見せてきましたが、広島は、ボール保持者にうまく絡んで、チャンスを作らせませんでした。

もう少し読みを利かせてボールを絡め取れれば尚良かったのですが、でも、十分に守れていました。

そして、35分頃になると、そのFCソウルの圧力も、早、一段落してしまいました。

余裕が出来たDFラインで、悠々とパス練習(笑)。

相手が来ないなら休ませてもらいますよ、というプレー。いい選択だと思いました。

7.この日一番嬉しかった瞬間

得点後も、「これ、決めてくれよ~」というシーンを作っていた広島でしたが、39分、ついに2点目を奪いました。

しかも、私が最も待ち望んでいた得点で。

ユー・チューブでリプレイを観たので、詳しく描写してみます。

まず、吉野が、左サイド奥にフィード、コーナーフラッグ付近で航平が受けます。

いったん下げたボールをボムくんが受け、浅野にくさびのパスを送ります。

浅野がリターンパスを出す直前、彼の横にいた森島が縦に走り始めています(重要!)。

リターンを受けたボムくんは、ダイレクトで、浅野の裏の深い位置、皆川に縦パスを入れます。

皆川のポストプレーは、わずかに浮き球になってしまいますが、先程、裏に抜け出していた森島を狙っていました。

受け損なった森島でしたが、諦めず、FCソウルのDFに絡んでいきます。

それが功を奏し、相手DFのパスが航平に渡りました。

ここでワントラップした直後にクロスを放った、航平の判断は見事でしたが、ボールの軌道も見事でした。

そして、相手CBの前に飛び込み、ゴールに叩き込んだのは、皆川でした。

8.これが、サンフレッチェ・クオリティ!

2得点目に至る一連の流れは、サンフレッチェ・サッカーの魅力が凝縮された、素晴らしい内容だったと思います。

スタートがCBのロングフィードだったところが、まず、広島らしい。

そして、ボムくんの2本のくさびも、受け手の判断も、ボランチが裏に抜け出す辺りも、連動性の高さを見せつけてくれました。

さらに、相手のミスを逃さず、立て直す時間を与えない素早い判断と、キックの質、練習で培ったホットライン、等々。

もっと言えば、相手DFのミスパスが絡んでいますが、もしも彼が、切り返して味方にパスしようとしていても、すでに浅野がそのコースを切る位置に入り込んでいました。

ちょっと礼賛(*2)しすぎかもしれませんが(笑)、そのくらいクオリティの高いプレーの連続だったと思ったのでした。

(*2)因みに、「らいさん」と読むそうですよ。「れいさん」は間違いらしいです。(入力したら変換されなかったので調べてみました。)

9.高評価の前半

2-0となり、FCソウルの選手たちが、若干意気消沈したように、私には見えたことでした。

前半の戦いは、DFが守備時に入れ替わられる場面が何度かあったことが気になったものの、総じて、いい内容だったと思います。

特に、運動量の多さが目に付きました。

それは、攻守の切り替えの早さに顕著に出ていましたが、フレッシュな選手を使った効果も見逃せないと思います。

もっとも、後半も同じように上手くいくかどうかは未知数でした。

FCソウルも、このままで終わるとは思えませんでしたし。

後半の入り方に注意しなくてはならない、と思いました。

10.つつがないリスタート

そして迎えた後半の立ち上がり、広島は入りを間違えることなく、先手でジャブを放ちました。

FCソウルも当然、2点差を跳ね返すべく積極的に攻めてきましたが、広島は、まず最初にひと太刀浴びせたことで、それに対抗する心構えができた感じでした。

守備の対応に一本芯が通ったような。

こうして後半は、広島有利とは言えないまでも、少なくとも互角のせめぎ合いとなりました。

殊に、ボールを奪われた後の切り替えは、前半と変わることなく、大きな強みとなっていました。

実際、球際の粘りでマイボールにする機会が目立っていました。

さすがは、練習で主力組に勝つこともあるサブメンバー(*3)。

彼らの面目躍如たるものがありました。

(*3)メモに書いた通り載せました。サンフレッチェに「主力」も「サブ」もありませんが、端的に書いたらこうなりました。

11.悪夢がよぎるも…

警告や交代のカードが示されながら、試合は終盤へ。

このままでは負けてしまうFCソウルは、残り5分辺りから、長いボールを放り込む作戦に出た、ようでした。

ただ、私には、FCソウルがガンガン放り込んできた、というイメージがありませんでした。

そういうボールの本数も、数本止まりだったように思います。

それに、どう考えても、2年前の例の試合の方が遥かにすごかった。放り込みの迫力が雲泥の差でした。

確かに、1点は奪われましたし、オフサイドで事なきを得るという場面もありました。

しかし広島は、2年前とは違い、後方にただ張り付いてロビングを待ち受けるのではなく、蹴る側の選手へのアプローチをしっかりと行なっていました。

従って、こうして後で振り返ってみると、そんなに危険な状況には陥っていなかったように思います。

とはいえ、試合中は熱かった(笑)。どうしても、2年前の悪夢が脳裏によぎりました。

勝利でホイッスルを聞くことができて、ホッとする自分がいました。

2-1。内容に結果が伴った、快勝でした。

12.アドリアーノを活かせなかったFCソウル

ACLの1次リーグとしては、確かに消化試合でした。

そのため、FCソウルは、わざわざ主力を率いて国境を渡ることをせず、アドリアーノ以外はほぼサブのメンバーで、この試合に臨みました。

試合前、一部には「(FCソウルは)控えメンバーが自分をアピールするために、主力に引けを取らない意気込みで試合に臨むだろう」という見解がありました。

しかし、この日のメンバーからは、そこまで強い意識は見られなかったように思います。

そして、頼みの綱であったアドリアーノ自身も、スーパーなプレーを見せることはありませんでした。

ハッキリ言って、前半は存在が消えていました。

後半も、PKこそ決めたものの、彼の凄みを見ることはありませんでした。

獲物を狙うような浅野のプレーぶりと比較して、この日はエースの出来の差がスコアに表れた、と言っても過言ではないと思います。

また、思ったのは、彼を支えるべき他の選手たちと、当のアドリアーノのプレーが、上手く連携できていなかったのではないか、ということです。

アドリアーノは個で打開できる力を持った選手であるはずですが、この試合では、自分で率先してゴールに向かうというよりも、他の選手を使いながら組み立てようという考えが先に立っていたような気がします。

その意図が、この日のメンバーでは思うように機能しなかった、という結果だったのではないでしょうか。

13.非常に大きな成功体験だった

翻って、若いサンフレッチェのメンバーは、非常に溌剌と、好内容のプレーを連続して見せてくれました。

もちろん、相手は(悪く言うと)2軍だったわけで、この試合で内容が良いからといって、相手が強くなった時に各々が通用するかどうかは、また別の話です。

しかし、少なくとも、この日プレーした全員がそのポテンシャルを保持していることは、試合内容から十分読み取れました。

特に、右サイドの壮也と、リベロの吉野、この2人はそれぞれ、山東戦、磐田戦という、敗戦試合での経験を省みて、この試合に臨んだことでしょう。

観ていて、それがありありと分かりました。

他の選手たちも、練習での訓練、レンタル先での経験など、それぞれが体験してきたことを、試合の中で表現していました。

実際は、今のレギュラー組と比べると、それぞれに劣る部分は多いはずです。

この試合の中でも、「この(サブという)序列になるのも致し方ないかな」と感じた選手もいました。正直なところ。

でも彼らは、「自分は戦力なんだ!」という誇りを持って、しっかりアピールしてくれました。

試合を観ていて、私が最も強く感じたこと。それは、選手たちの「ギラギラ度」の違いでした。

この試合に限っては、広島の選手たちが、試合に懸ける想いで、FCソウルを完全に凌駕していたと思います。

気持ちだけで勝利できるほど、試合は甘くありませんが、その気持ちが、相手よりも半歩早くボールにアクセスできる、原動力になっていたのです。

この試合、交代投入は、久々の復帰を果たした森崎浩司だけでした。

私は、終了直前の時間帯に、交代枠を上手く使ってみてはどうか、と考えました。

例えば、長沼などは出場させてみたかった。宮吉との交代、ということであれば、大きな問題にはならない気もしましたし。

また、DFラインに、対人に強い塩ちゃん辺りを投入するとかもアリかな、と思いました。

しかし、ポイチさんは、時間稼ぎにもなるその作戦を採りませんでした。

後から思えば、これは監督の「賭け」だったのかもしれません。

「お前たちに任せた。自分たちで勝利を勝ち取ってみろ!」というメッセージだった、と言う人がいましたが、私もその考えに「そう思う」を押したいと思います。

「これだけ内容のある試合をしたからには、勝たなきゃ意味がない!」

私もそう発破を掛けてあげたかった。

そして、彼らはそれをやり切りました。

パワープレーのこぼれ球に執拗に食らいつき、同点のゴールを割らせず、しっかりと勝利でクローズさせたのです。

これは、彼らが自分で手に入れた「ご褒美」に相違ありません。

この成功体験は、非常に大きいと思います。

14.最後に

皆川が「(戦力にならなければ)森保監督がウソをついていることになってしまう」と試合後に語りました。

今年のACL敗退が決定し、様々な批判を受けて、選手たちの悔しさは想像以上だと思います。

でも彼らは、その批判をバネに、次のステップを踏み出しました。

その成果が、今回の勝利だったと、私は強く思いました。

15.あとがき

いま、推敲のために、ここまでの文章を読み返しましたが、なんか、熱く語ってもうたで(笑)。

とにかく、書きたいことが沢山あって、困るほどでした。

この結果で、サンフレッチェ広島は、勝ち点9のグループ3位。

山東魯能ブリーラムと引き分けて勝ち点11、ということは、山東に2敗したどちらかで引き分けていたら、広島が上に行けた計算になります。

まあ、山東もメンバーは落としていたでしょうし、所詮は結果論に過ぎませんが、でも、ブリーラムも弱者と侮っていたら痛い目に遭うくらいには実力がある、と私は思っているので、フルメンバーの山東でもそう簡単にはいかなかったはずなんです。(ブリーラムのホームですし。)

覆水盆に返らず、とはいえ、もう少し何とかできたのになあ…

ともあれ、この勝利で、星勘定の上では一応の「形作り」ができたことになりました。

将棋で言う意味とは少し違いますがね(笑)。

そんな意味も含めて、スタジアムでご覧になった方々は、この試合、きっと満足できたことでしょう。

そして、彼らは「未来の主力」ではなく、「今にも主力に取って代わろうとしている」選手たちであることも、確かめられたと思うのです。

あ~あ、少し無理しても、観に行っとけば良かったなあ…

最後までお読み下さった皆様、ありがとうございました。