監督は同学年 ~緒方新監督について~
当ブログを始めて8ヵ月半。初めて、カープの記事を書きに来ました。
広島で生まれ育ち、当然のようにカープファンになって40年ほどになりますか。
初優勝を決めた試合のスタメンを暗記したり、家族で市民球場へ行った帰りに全員で道に迷ったり(笑)、そういう思い出を経て、今に至ります。
よろしくお願いします。
さて、今日は、黒田投手の広島復帰が発表された記録的な日なのですが、初カープ記事ということで、緒方新監督のことについて書くことにします。
私は、緒方孝市監督とは面識がないのですが、実は、過去に少しだけ接点がありました。
まあ、ただ、私が出席したある式典に、彼がゲストとして招かれた、というだけのことなのですけれど(微笑)。
しかしそれは、彼がカープに入っていなければ実現しなかった「縁」でした。
また、彼がレギュラーとしてバリバリ働き始める前の出来事でもありました。
そのため、彼が頭角を現し、カープになくてはならない存在になってくれたことで、あの僅かな縁が、自分にとって大きく感じられていました。
今、新監督のプロフィールを改めて見ながら、色々と思い出していますが、佐賀県鳥栖高校出身で、甲子園への出場経験がない、そもそもが無名の選手だったわけですね。実際、巨人入りした(読みが同じ)緒方耕一氏の方が有名でしたから(甲子園に出ていたので)。
私は、どこまで期待していいものか分からなかったのです。
今にして思えば、いかにもカープらしい指名だったし、カープの選手らしい成長だったですよね。
ケガは多かったけれども、選手会長としてチームをまとめたり、苦しみながらもレギュラーとして復活したり。
プレーだけでなく、精神的な支柱としても、カープを引っ張ってきました。
引退後も、コーチとしてカープ一筋。試合の指揮も取ったことがあるそうですね。(退場した野村監督(当時)の代行としてですが。)
監督としての素養は未知数で、正直言って、どこまで期待していいものか、私にはよく分かりません。
しかし、多くの人が感じているであろう不安も、彼なら払拭してくれるような、そんな気がします。
現役時代の彼がそうであったように。
タイトルに書いたように、実は、私と緒方氏とは同学年。そして、ブロガープロフィールに書いている通り、私は、サンフレッチェ広島の森保一監督とも同学年に当たるのです。
つまり、奇しくも、同学年の2人が、それぞれ、広島が誇るプロ球団2トップの監督を務めているというわけです。
しかも、森保氏は長崎県の出身なので、同じ九州産でもある2人です。
彼らと同じ学年であったことが、私には誇らしい。
野球とサッカー、いい意味で競い合って、それぞれに是非とも、優勝目指して頑張っていただきたいですね。
私も、ささやかながらブログを頑張って、少しでもサポートしたいところです。
来年のキャンプインはブロガーとして迎えるはずですので、カープの記事もちょくちょく書けたらいいな、と思っています。
最後までお読み下さった皆様、ありがとうございました。